柴田朱里 派遣員 「派遣員としての2年間」
令和5年2月14日
はじめに
私は「外務省在外公館派遣員制度」という2年の任期で派遣される制度の下で2021年3月より派遣員として国連代表部で勤務しております。赴任した直後は米国においてはワクチン接種が進んでいた頃でしたが、米国入国後10日間の隔離がありました。
国連本部や代表部においても会議のほとんどがオンライン開催、マスク着用の義務、飲食店やレジャー施設等でのワクチン接種証明書の提示、海外渡航制限等当初はたくさんの制限がありましたが、徐々に緩和されてきて、現在では感染に気を付けながらも新しい生活様式を取り入れながら自由な働き方・生活が定着しつつあると感じます。
国連本部や代表部においても会議のほとんどがオンライン開催、マスク着用の義務、飲食店やレジャー施設等でのワクチン接種証明書の提示、海外渡航制限等当初はたくさんの制限がありましたが、徐々に緩和されてきて、現在では感染に気を付けながらも新しい生活様式を取り入れながら自由な働き方・生活が定着しつつあると感じます。
代表部での業務内容
代表部では総務班に所属しています。総務班では総合調整業務と庶務業務にわかれており、私は庶務的お仕事として館員の離着任関連の手続き、出張者支援(宿舎やフライト手配)、便宜供与、館内会議室の管理、学生ブリーフィングを担当しております。その他レセプションや会合があれば随時補助業務をしています。
生活立ち上げや当地NYに関する案内をとっても、まずは自分自身が当地のあらゆる事情に精通していないといけないため、常にアンテナをはって学んだり、ほかの館員や業者からの情報を得たりしては館員に還元できる情報を日々蓄積していくよう心がけました。
他には出張者の予算や治安に配慮した宿舎探し、各種IDや銀行の手続き、医療費の精算等、日本では簡単なことでも当地米国では問題解決に時間と労力がかかることが多々ありますが、上司や先輩方、現地職員等のご知見やお力を借りながらチームでさまざまな案件に対応しています。
生活立ち上げや当地NYに関する案内をとっても、まずは自分自身が当地のあらゆる事情に精通していないといけないため、常にアンテナをはって学んだり、ほかの館員や業者からの情報を得たりしては館員に還元できる情報を日々蓄積していくよう心がけました。
他には出張者の予算や治安に配慮した宿舎探し、各種IDや銀行の手続き、医療費の精算等、日本では簡単なことでも当地米国では問題解決に時間と労力がかかることが多々ありますが、上司や先輩方、現地職員等のご知見やお力を借りながらチームでさまざまな案件に対応しています。
国連代表部での思い出
NYでの思い出の場所は?と聞かれると、真っ先に私が思い浮かべるのは国連本部や自由の女神でもなく、着任以降離着任者の送迎や出張者、便宜供与対応の関係で何十回といった空港かもしれません。
NY周辺には国際空港のジョン・F・ケネディ(JFK)空港をはじめ、ニューアーク(EWR)空港、ラガーディア(LGA)空港、テターボロ(TBO)空港があります。日本からのVIPをお迎えする場合は、政府専用機、チャーター機、国際線/国内線商用機のどれを利用するかによって、空港送迎の形態が変わってくるため、その度に空港当局や航空会社のスタッフと密接なすり合わせが必要になってきます。
天候や機体のトラブル等によっては毎回到着が時間通りということはなく、早まったり、遅延したりといったことがたびたびあります。加えて市内マンハッタン内から空港までのアクセスに関しても事故や工事状況によって渋滞に巻き込まれることも多く、予想できないことだらけのため、お迎え、お見送りが無事に終わるまで始終不安がつきものです。
さらには航空会社によってもVIPのサポート体制が異なるため、ぎりぎりまで担当者と連絡がとれなかったり、打ち合わせていたことと当日違ったり、到着ターミナルや場合によっては到着空港自体が急遽変わったりというハプニングの場面では臨機応変な対応が求められました。
国連代表部ならではの思い出としては、やはり1年に1度9月に開催される国連総会ハイレベルウィークの大型ロジに携われたことです。閣僚級の要人来訪が同時に発生するため、チームは代表部館員の構成のみならず、随行員、他公館からの応援出張も含め大所帯になります。はじめは馴染みのないロジ用語を(「ロジ(logisticsの略)」という言葉すら初耳でした)、さらには空港班に所属していたので、空港関連用語を0から学ぶことからのスタートでした。
安全且つ計画通りにNYに到着し、出発していただく、言葉にしてみると簡単ですが、それを遂行するにあたっての過程においては関係者との入念な調整・交渉が欠かせない日々が続きます。
また調整といっても、空港班のみならず、他のチームとも同時並行で横の連携も重要となり、限られた時間の中でも細かく漏れがないか確認しながら準備を進めることになります。
正直詰めの細かさに驚くことも多々ありましたが、関係するすべての動きをきちんと事前に入念に整理しておくことで、我が国のリーダーが交渉や議論といった大事な外交活動に専念できることになるため、この確固たる土台がいかに重要なのかを学びました。
日本代表団として最大の成果を生み出せるよう目標に向かって、多くの人が1つのチームとして動く、そんな壮大なストーリーが、普段テレビで目にしていた国連総会一般討論演説の裏側にあったということを身をもって実感できた貴重な経験だったと改めて思います。
NY周辺には国際空港のジョン・F・ケネディ(JFK)空港をはじめ、ニューアーク(EWR)空港、ラガーディア(LGA)空港、テターボロ(TBO)空港があります。日本からのVIPをお迎えする場合は、政府専用機、チャーター機、国際線/国内線商用機のどれを利用するかによって、空港送迎の形態が変わってくるため、その度に空港当局や航空会社のスタッフと密接なすり合わせが必要になってきます。
天候や機体のトラブル等によっては毎回到着が時間通りということはなく、早まったり、遅延したりといったことがたびたびあります。加えて市内マンハッタン内から空港までのアクセスに関しても事故や工事状況によって渋滞に巻き込まれることも多く、予想できないことだらけのため、お迎え、お見送りが無事に終わるまで始終不安がつきものです。
さらには航空会社によってもVIPのサポート体制が異なるため、ぎりぎりまで担当者と連絡がとれなかったり、打ち合わせていたことと当日違ったり、到着ターミナルや場合によっては到着空港自体が急遽変わったりというハプニングの場面では臨機応変な対応が求められました。
(左)機側で待機の様子。緊張感が漂います。
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(右)降機後、最短の導線にて出口に向かいます。
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国連代表部ならではの思い出としては、やはり1年に1度9月に開催される国連総会ハイレベルウィークの大型ロジに携われたことです。閣僚級の要人来訪が同時に発生するため、チームは代表部館員の構成のみならず、随行員、他公館からの応援出張も含め大所帯になります。はじめは馴染みのないロジ用語を(「ロジ(logisticsの略)」という言葉すら初耳でした)、さらには空港班に所属していたので、空港関連用語を0から学ぶことからのスタートでした。
安全且つ計画通りにNYに到着し、出発していただく、言葉にしてみると簡単ですが、それを遂行するにあたっての過程においては関係者との入念な調整・交渉が欠かせない日々が続きます。
また調整といっても、空港班のみならず、他のチームとも同時並行で横の連携も重要となり、限られた時間の中でも細かく漏れがないか確認しながら準備を進めることになります。
正直詰めの細かさに驚くことも多々ありましたが、関係するすべての動きをきちんと事前に入念に整理しておくことで、我が国のリーダーが交渉や議論といった大事な外交活動に専念できることになるため、この確固たる土台がいかに重要なのかを学びました。
日本代表団として最大の成果を生み出せるよう目標に向かって、多くの人が1つのチームとして動く、そんな壮大なストーリーが、普段テレビで目にしていた国連総会一般討論演説の裏側にあったということを身をもって実感できた貴重な経験だったと改めて思います。
さいごに
今まで外務省のお仕事とは程遠いことをしており、はじめは世界情勢や日本の外交に関して正直無知なことだらけでした。世界中の在外公館・代表部で現地の在留邦人の保護であったり、さまざまな外交問題解決に向けてご活躍されている外交官の皆様からはお仕事に対する情熱や真摯な姿勢を大いに学ぶことができました。その業務が滞りなく進むよう、陰ながら支える仕事に携われたことを光栄に思います。
これまでの人生において地方でしか生活経験がなかったため、NYという大都会に派遣が決まり、はじめは治安や喧噪、日本の何倍もする物価等、生活に慣れるのにいっぱいいっぱいでした。しかしながら、多文化や多人種、多様性の坩堝の中で、自分が自分らしく輝ける、そんな魅力にあふれたNYにおいてかけがえのない2年間を送れたことに感謝しております。私の任期はまもなく満了になりますが、当地で得たことを今後も人生の糧として活かしていきたいです。
これまでの人生において地方でしか生活経験がなかったため、NYという大都会に派遣が決まり、はじめは治安や喧噪、日本の何倍もする物価等、生活に慣れるのにいっぱいいっぱいでした。しかしながら、多文化や多人種、多様性の坩堝の中で、自分が自分らしく輝ける、そんな魅力にあふれたNYにおいてかけがえのない2年間を送れたことに感謝しております。私の任期はまもなく満了になりますが、当地で得たことを今後も人生の糧として活かしていきたいです。