一等陸佐 細川香宣 参事官兼防衛駐在官:「え、国際連合日本政府代表部に自衛官?」
令和4年5月25日
国連安全保障理事会議場前に展示されている「ゲルニカ」タペストリー前にて筆者
はじめに
国際連合日本政府代表部(国連代)ホームページを御覧の皆様はじめまして。国連代参事官兼防衛駐在官の細川香宣一等陸佐です。皆様の中には、何で自衛官が国連代にいるの?何をやっているの?と思われる方がいらっしゃるかもしれません。
私が国連代に防衛駐在官として着任し、まもなく約3年が経とうとしています。今回は、その経験を踏まえ、国連代の防衛駐在官がどのような活動をしているのか、その一端を紹介できればと思います。
そもそも防衛駐在官とは
防衛省のホームページ注1には、防衛駐在官とは、防衛省から外務省に出向した自衛官で、外務事務官として諸外国にある日本大使館などの在外公館に駐在し、防衛に関する事務に従事する者で、自衛官の制服を着てその階級を呼称して任務にあたる、というようなことが書いてあります。
私も外務省に出向した外務事務官として、自衛官の制服を着用し、一等陸佐(海外だと「大佐(Colonel)」)という階級を呼称し、ここ国連代で勤務しています。外務公務員法第六条第一項及び外務職員の公の名称に関する省令第二条第一号に基づき、主として外交事務に従事する職員が用いる公の名称として「参事官」を、同省令第三条第六号に基づき、在外公館に勤務し、主として防衛に関する事務に従事する職員として「防衛駐在官」という公の名称を用いています。
ところで、「自衛官の制服を着て」という部分ですが、普段はもっぱら背広で仕事をしています。制服を着用するのは、主に国連総会関連の会議や安保理会合、セレモニー、レセプション等に参加する時などです。他方、当代表部唯一の制服要員(uniformed personnel)として、機会を捉えて積極的に制服を着用するようにしています。以前、私は幸運にも防衛省防衛政策局という、いわゆる事務方の組織で勤務する機会を頂いたことがあるので、状況に応じ、服装を背広にするべきか制服にするべきかを判断する肌感覚は研ぎ澄まされたものがあると自分では思っています(笑)。
なお、当地では各代表部の軍人は軍事顧問(Military Adviser、略して「MILAD」)、警察は警察顧問(Police Adviser、略して「POLAD」)と呼ばれており、私もMILADと呼ばれたり、防衛駐在官と呼ばれたり、様々です。
注1:https://www.mod.go.jp/j/publication/shiritai/chuuzaikan/index.html
(左から)背広になったり、制服になったり、時には礼装1種や礼装2種を着たり・・・
担当業務
先の防衛省ホームページによれば、防衛駐在官の主な業務は軍事情報の収集ということになっていますが、当地においては、それだけではなく、国連場裡における外交交渉も主な業務に含まれてきます。
軍事情報の収集という観点では、国連で議論されるもので軍事に関するものはすべからくウォッチすべきものとして、様々なリソースから多種多様な情報を収集しています。情報を収集するためには、その前提となる「土台」が必要です。情勢に関するバックグラウンド知識、国連における議論の状況、軍事に関する最新の動向等、日々勉強していなければ話についていけませんし、本当に必要とされる情報が何かも理解できません。例えば、2020年9月にナゴルノ・カラバフ及びその周辺地域において、アゼルバイジャンとアルメニアとの間で軍事衝突が発生しました。ナゴルノ・カラバフを巡る情勢は複雑です。その歴史的な経緯・現状、アゼルバイジャン、アルメニアそれぞれの同地域に対する立場、我が国のナゴルノ・カラバフに対する政府見解、国連安全保障理事会(安保理)や総会の動向等を正確に把握し、さらに、本軍事衝突にどのような軍事的特質があるのかを専門的見地から判断・理解し、情報収集をしなければ、我が国の外交・防衛政策立案に資する情報を得ることは難しいでしょう。このようなことを世界中のあらゆる軍事衝突や紛争等に関して行うので、先に述べたように、日々是勉強という状況です。
国連場裡における外交交渉という観点では、その焦点は、国連平和維持活動に関する事項です。我が国は、本2022年に国際平和協力法制定30周年を迎えました。防衛駐在官としても、国連平和維持活動に関する我が国の政策の実行や国連における平和維持活動の政策形成のために積極的にコミットメントしています。国連平和維持活動は、現在12コのミッションがアクティブですが、それぞれのミッションの歴史や設立根拠となった安保理決議、定期的に発出される国連事務総長報告、国連平和維持活動におけるトレンド等を理解していなければ、国連事務局とも議論できませんし、関係する各国代表部の外交官や軍事顧問等との交渉もままなりません。
現地視察(国連レバノン暫定隊)で司令官(スペイン陸軍中将)に質問する筆者(右から3人目)
国連平和維持活動に関する事項と言っても非常に多岐にわたりますが、交渉という観点からは、毎年2月から3月にかけて行われる平和維持活動特別委員会注2(通称「C34(シー・サーティーフォー)」実質会期が、今後の国連平和維持活動の政策的方向性を示す報告書を作成する重要なものとなっています。我が国は、慣例的に同委員会の副議長職を毎年務めており、交渉そのものにおいても、PKO予算第3位の財政貢献国として重要な立場を占めています。私も我が国の交渉官のひとりとして、総会決議の土台となる報告書の交渉に毎年臨んでいます。このほかにも、安保理の国連平和維持活動部隊派遣国(TCC:Troop Contribution Country)会合注3や国連平和維持活動の部隊派遣に際し発生する償還金に関する交渉など、さまざまな外交交渉に従事しています。
ちなみに、国連公用語は6か国語(英語、仏語、西語、露語、中国語及びアラビア語)ですが、私が参加している交渉そのものは、基本的に英語で行われています。各国代表部の外交官や軍事顧問なども、たとえ仏語や西語等が母国語であっても、英語で交渉しています。皆特色のある英語を話しますが、英国の外交官が話す英語は非常に勉強になります。「あ、そういう言い回しがあるのかぁ」と毎度感心させられており、個人的な勉強のために書き留めている交渉英語表現ノートは英国外交官のフレーズでいっぱいです。それだけで「国連代防衛駐在官が聞いた国連外交交渉英語」みたいな本が一冊書けるくらいです(笑)。
ちょっと話が脱線してしまいましたが、防衛駐在官として、東京の外務本省の指示や当代表部の大使、公使等の御指導のもと、他国代表部外交官や軍事顧問との交渉、国連事務局職員との議論等を通じ、国連平和維持活動がより良いものになるよう日々努力しています。
注2:C34は、国連総会第4委員会(特別政治問題及び非植民地化)の下部委員会で、国連平和維持活動の予算(財政)に関する事項以外のすべての政策事項を扱う委員会である。
注3:ミッションのマンデート更新決議が採択される安保理会合の数日前に開かれる、当該ミッションに部隊を派遣している加盟国だけが参加できる安保理の会合の一種。我が国は国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に司令部要員を派遣しているので、UNMISSのTCC会合に参加できる。TCC会合においては、通常、ミッションの事務総長特別代表(SRSG)によるブリーフィング、その後、参加国代表によるステートメントや質疑応答となる。
交渉、交渉、また交渉・・・新型コロナウイルス感染症パンデミック後はオンライン交渉が増加(右)
時にはステートメントを発動(C34全体会合にて)
軍事情報の収集という観点では、国連で議論されるもので軍事に関するものはすべからくウォッチすべきものとして、様々なリソースから多種多様な情報を収集しています。情報を収集するためには、その前提となる「土台」が必要です。情勢に関するバックグラウンド知識、国連における議論の状況、軍事に関する最新の動向等、日々勉強していなければ話についていけませんし、本当に必要とされる情報が何かも理解できません。例えば、2020年9月にナゴルノ・カラバフ及びその周辺地域において、アゼルバイジャンとアルメニアとの間で軍事衝突が発生しました。ナゴルノ・カラバフを巡る情勢は複雑です。その歴史的な経緯・現状、アゼルバイジャン、アルメニアそれぞれの同地域に対する立場、我が国のナゴルノ・カラバフに対する政府見解、国連安全保障理事会(安保理)や総会の動向等を正確に把握し、さらに、本軍事衝突にどのような軍事的特質があるのかを専門的見地から判断・理解し、情報収集をしなければ、我が国の外交・防衛政策立案に資する情報を得ることは難しいでしょう。このようなことを世界中のあらゆる軍事衝突や紛争等に関して行うので、先に述べたように、日々是勉強という状況です。
国連場裡における外交交渉という観点では、その焦点は、国連平和維持活動に関する事項です。我が国は、本2022年に国際平和協力法制定30周年を迎えました。防衛駐在官としても、国連平和維持活動に関する我が国の政策の実行や国連における平和維持活動の政策形成のために積極的にコミットメントしています。国連平和維持活動は、現在12コのミッションがアクティブですが、それぞれのミッションの歴史や設立根拠となった安保理決議、定期的に発出される国連事務総長報告、国連平和維持活動におけるトレンド等を理解していなければ、国連事務局とも議論できませんし、関係する各国代表部の外交官や軍事顧問等との交渉もままなりません。
現地視察(国連レバノン暫定隊)で司令官(スペイン陸軍中将)に質問する筆者(右から3人目)
ちなみに、国連公用語は6か国語(英語、仏語、西語、露語、中国語及びアラビア語)ですが、私が参加している交渉そのものは、基本的に英語で行われています。各国代表部の外交官や軍事顧問なども、たとえ仏語や西語等が母国語であっても、英語で交渉しています。皆特色のある英語を話しますが、英国の外交官が話す英語は非常に勉強になります。「あ、そういう言い回しがあるのかぁ」と毎度感心させられており、個人的な勉強のために書き留めている交渉英語表現ノートは英国外交官のフレーズでいっぱいです。それだけで「国連代防衛駐在官が聞いた国連外交交渉英語」みたいな本が一冊書けるくらいです(笑)。
ちょっと話が脱線してしまいましたが、防衛駐在官として、東京の外務本省の指示や当代表部の大使、公使等の御指導のもと、他国代表部外交官や軍事顧問との交渉、国連事務局職員との議論等を通じ、国連平和維持活動がより良いものになるよう日々努力しています。
注2:C34は、国連総会第4委員会(特別政治問題及び非植民地化)の下部委員会で、国連平和維持活動の予算(財政)に関する事項以外のすべての政策事項を扱う委員会である。
注3:ミッションのマンデート更新決議が採択される安保理会合の数日前に開かれる、当該ミッションに部隊を派遣している加盟国だけが参加できる安保理の会合の一種。我が国は国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に司令部要員を派遣しているので、UNMISSのTCC会合に参加できる。TCC会合においては、通常、ミッションの事務総長特別代表(SRSG)によるブリーフィング、その後、参加国代表によるステートメントや質疑応答となる。
交渉、交渉、また交渉・・・新型コロナウイルス感染症パンデミック後はオンライン交渉が増加(右)
時にはステートメントを発動(C34全体会合にて)
外交(+防衛駐在官の任務遂行)の基本は「人」
防衛駐在官として任務を遂行するにあたり、最も重要な要素は人と人とのつながりだと、当地に来て真っ先に感じました。外に出て他代表部の外交官、軍事顧問、警察顧問、国連職員、シンクタンクの研究者等に会う、話す、議論する、お互いを理解する、こうしたことの積み重ねが大切だと考えており、それを実践しています。彼らからより深い話を聞くために、彼らとより密度の濃い、突っ込んだ議論をするために、常日頃から信頼関係を構築するよう努力しています。
2020年3月の新型コロナウイルス感染症パンデミック以前は、夜の会食、レセプション等が同じ日に3件入っていて、ハシゴするということもよくありました。週末もBBQやダンス・パーティーなどで潰れることが日常茶飯事で、平日・週末問わず、毎日が何らかのイベントの連続でした。パンデミック後は、対面での会合やレセプション等がなくなり、オンライン中心の生活となって環境は激変しました。国連本部自体も観光ツアー受け入れを中止したり、会合がすべてオンライン化される等、国連創立以来の事態を迎えました。
外交官や軍事・警察顧問達との様々なアクティビティ
上段:「日本の昭和展」鑑賞(左)・甲殻類フェスティバル(右)
2020年3月の新型コロナウイルス感染症パンデミック以前は、夜の会食、レセプション等が同じ日に3件入っていて、ハシゴするということもよくありました。週末もBBQやダンス・パーティーなどで潰れることが日常茶飯事で、平日・週末問わず、毎日が何らかのイベントの連続でした。パンデミック後は、対面での会合やレセプション等がなくなり、オンライン中心の生活となって環境は激変しました。国連本部自体も観光ツアー受け入れを中止したり、会合がすべてオンライン化される等、国連創立以来の事態を迎えました。
パンデミック後に閉鎖された国連入口ゲート | 平日午後の誰もいない国連総会議場前 |
そのような状況下でも、外交官・軍事顧問等はいろいろと模索し、人的関係の維持や、新たに着任した者を円滑に迎え入れるための工夫をしてきました。米疾病予防管理センター(CDC)やニューヨーク州・市のガイドライン、各代表部のレギュレーション等を遵守しつつ、対面活動に関するあらゆる可能性を追求したり、オンラインやSNSを活用しての人的関係を維持・構築したりするなど、知恵を絞り、パンデミック禍下での制約を克服してきました。私も、軍事顧問と警察顧問で組織される「軍事・警察顧問団(MPAC:Military and Police Advisers' Community)」アジア地域団長として、アジア地域グループの軍事顧問及び警察顧問によるアウトドア卓球大会を主催したり、それまで同地域グループでは存在しなかったSNSを活用したグループ・チャットなどを立ち上げました。とある東南アジアの国の軍事顧問は盛んにゴルフ・コンペを開きたがっていましたが、予算等の関係で開催できなかったのが心残りです。
今(5月25日現在)では、パンデミック前とほぼ同じくらいノーマルな生活に戻りつつあります。特に、軍事顧問は、対面で会って話をしたり、イベントをすることが大好きなので、忙しい夜と週末が戻ってきています。
今(5月25日現在)では、パンデミック前とほぼ同じくらいノーマルな生活に戻りつつあります。特に、軍事顧問は、対面で会って話をしたり、イベントをすることが大好きなので、忙しい夜と週末が戻ってきています。
外交官や軍事・警察顧問達との様々なアクティビティ
上段:「日本の昭和展」鑑賞(左)・甲殻類フェスティバル(右)
中段:アウトドア・ビリヤード大会(左)・米独立記念日パーティ(中央)・定例BBQ(右)
下段:「外交・軍事シガー・クラブ」会合(左)・UEFAユーロ2020決勝戦を英国パブで観戦(右)
防衛駐在官としての活動を支えてくれているもの
私は、30歳台前半のときに、北海道旭川市にある第2特科連隊という部隊で、中隊長という約70名の部隊の指揮官を拝命していました。中隊長は、中隊の人事、情報、運用、兵站等、すべてのことに目を配らなければならないので、早い段階で、1つの組織を維持することの大変さや、何に気を配らなければならないのか、組織が有効に機能するためにはどのようなマネジメントが必要なのか等、多くの学びを得ることができました。これらは、国連代で仕事をする上で非常に役に立っています。また、防衛省・統合幕僚監部運用部での自衛隊の運用の経験は、当代表部内だけではなく、国連事務局や他代表部外交官や軍事顧問等への自衛隊に関する説明をする際に、防衛政策局勤務を通じて得た政策マインドは、我が国の国連に関する政策形成プロセスを理解し、今自分が何をしなければならないのかを考える上で、十二分に経験が活かされています。
勤務経験以上に当地での防衛駐在官としての活動の支えとなっているのは、ひとつひとつを詳述することはできませんが、多くの皆様からのサポートです。私の防衛駐在官としての活動が多くの方々の支えにより成り立っていることに感謝の念を抱きつつ、今日もニューヨークの一角で我が国の平和のため、世界の平和と安定のため、国連外交最前線に赴きます。
勤務経験以上に当地での防衛駐在官としての活動の支えとなっているのは、ひとつひとつを詳述することはできませんが、多くの皆様からのサポートです。私の防衛駐在官としての活動が多くの方々の支えにより成り立っていることに感謝の念を抱きつつ、今日もニューヨークの一角で我が国の平和のため、世界の平和と安定のため、国連外交最前線に赴きます。