玄葉前外務大臣によるインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙への寄稿
(報道振り:仮訳)
●「岐路に立つ日中関係(Japan-China Relations at a Crossroads)」(11月21日付インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙第8面)(記事は別添)
この10数年間、安全保障面での国際社会の関心は、中東地域に向けられており、その状況は悩ましいことに依然不安定なままである。しかし、米国のアジア太平洋地域への戦略的な回帰から明らかなとおり、最近になり同地域における安全保障環境が厳しく不安定な状況になってきている。日本は、米国との同盟関係を基礎として、アジアにおける民主主義国として、世界の平和と繁栄に貢献してきている。
米国での大統領選挙に引き続き、中国においても新しい指導部が誕生した。日本にとって我々の隣国である中国との関係は、最も重要な二国間関係の一つであり、日本政府として新しい指導部との間で関係を発展させていきたい。
他方、現在日本と中国との関係は、尖閣諸島を巡って緊張しているのは事実である。報道されているとおり、中国各地で大規模な反日デモが起こり、襲撃を受けた日本企業については現時点で総額1億米ドル以上の損害が確認されている。
このような状況にもかかわらず、日本は当初から一貫して冷静に対応してきており、今後とも、大局的観点から日中間の「戦略的互恵関係」を進めていく考えである。また、我が国は以前から繰り返し「中国の発展は、我が国を含む国際社会のチャンス」であると述べている。この姿勢は変わらない。
我々アジア太平洋諸国にとって気になるのは、海洋分野における中国の動向である。先の党大会の胡錦濤による政治報告は「海洋権益を断固守り、海洋強国を目指す」と高らかに謳った。このことが、国際法を遵守し周辺国との調和を保つ形で実現されていくことを望むのは日本だけではない。しかし、現実に南シナ海や尖閣諸島で生じている事態は、人々を憂慮させる。これらの海域で、中国は公船派遣を常態化させ、力により現状変更を行おうとしているように見える。
党大会では、胡主席は更に「様々な形の覇権主義と強権政治に反対し、いつまでも覇を唱えたり、拡張を図ったりしない」とも述べた。日本はこの姿勢を歓迎する。そして、実際の行動でもって周辺諸国を安心させてくれることを強く望む。このように見た時、尖閣諸島を巡る現下の状況が我々に本当に問うているのは、どこかの国の過去ではなく我々の地域の将来であることが明確になろう。
この機会に、尖閣諸島を巡る状況を憂慮する人たちから頻繁に提起される質問の中からいくつかの質問にお答えしたい。
第1に、なぜ日本政府は9月に尖閣三島を購入したのか?
それは、日中関係への悪影響を最小化するためである。尖閣諸島が我が国固有の領土であることは歴史的にも国際法上も疑いのないところである。本年4月に石原都知事が尖閣諸島を購入して構築物を建造する計画を公表した。三島の購入は、日中関係を守るため、日本政府が代わりにとれた唯一かつ最善の選択であった。今般の日本政府の措置は、1932年まで国が有していた所有権を民間の所有者から再び国に戻すという日本の国内法の下での所有権の移転にすぎない。この点について、「中央政府と地方政府」「私有財産の保護」といった点につき国情の異なる中国側から十分理解が得られていないことは残念である。
第2に、日本政府は第二次世界大戦後の国際秩序を否定しようとしているのか?
ノー。日本は第二次世界大戦以後、一貫して平和愛好国家としてアジアの平和と繁栄に大きく貢献してきた。この政策は、日本国民に強く支持された日本の国是であり、今後も変わることはない。。毎年行われるBBCの世論調査において、日本は常に「世界に良い影響を与えている」として評価いただいている。中国も2008年に胡主席訪日時に発表した共同声明において「中国側は、日本が、戦後60年余り、平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていることを積極的に評価した。」と述べている。戦後日本の出発は、米国等48カ国との間で署名されたサンフランシスコ平和条約である。同条約は戦後国際秩序の重要な構成部分であるが、中国政府は同条約を「不法かつ無効」と見なしている。また、中国は、同条約で定められた尖閣諸島の扱いを一方的に変更しようと、1992年には領海法を策定し、尖閣諸島を中国の領土と宣言した。戦後の国際秩序を否定しているのは、日本と中国、どちらの国であろうか?
第3に、日本政府はなぜ本件をICJに付託しないのか?
これは、質問を向ける相手が間違っている。尖閣諸島を国際法に基づき有効に支配しているのは日本であり、この現状にチャレンジしているのは中国である。この問いは中国に対して発せられるべきである。日本はICJの強制管轄権を受諾している。中国は国際場裡で様々な主張をキャンペーンしており、国際法に基づく解決を目指しても良さそうなものであるが、ICJの強制管轄権を受諾して付託しようとする気配はないのはなぜだろうか?
現在、日中関係は大きな岐路にさしかかっている。他方、我々は両国指導者がどれほどの心血を注ぎ、日中国交正常化を成し遂げ、日中関係を「戦略的互恵関係」というより高度の次元に高める決断をしたのかを思い起こす必要がある。日中は、二国間関係にとどまらず、様々な分野で戦略的利益を共有しており、それぞれの分野における協力を通じてウィン・ウィンの関係を構築することを約束している。
我々は主権の問題は譲ることはできないが、同時に、責任あるプレーヤーとして、中国との関係の安定化を図る用意がある。中国の新指導部による積極的な対応を期待したい。
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